北海道三笠市奔別・幾春別

2014年11月22日 (土)

奔別・幾春別について

 奔別・幾春別のホームページはこちらまで。

 このブログを総まとめしました。

 『遙かなる奔別・幾春別紀行』

 http://www.geocities.jp/north_akiirosakura/

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2013年9月16日 (月)

爆竹の鈴木病院

 奔別関係は書くのはやめようと思っていたのですが、長いことわからなかった幾春別の病院名がわかりました。

Suzuki_hospital  「鈴木病院」と言うそうです。

 上の写真の赤丸で囲ったところです。

 この基の写真は、国土地理院の昭和52年の空中写真です。

 私がいた頃は廃屋の病院でした。でも昭和52年の写真にこうして写っているということは、建物が壊されなかったか、その後新しく開業したか・・・
 真偽のことはわかりません。

 以前書いた「幾春別人道橋と病院跡地」で書いた病院です。

Pano  上の写真は人道橋があったハルニレの木(上の青○のところ。木の影が見えます。)のところから鈴木病院方面を撮りました。

 正面の林が鈴木病院です。
 右の青い車の左横の緑の平地は線路跡です。
 左青い家の向こうに立抗が見えます。

 今では桂沢に行く116号線の道路が駅前を通っているので、病院の敷地は1/3は削られてしまったのでしょう。

 数少ない奔別での思い出の中でも、この爆竹事件はわりと鮮明に覚えています。

 何回か行っても、なかなか病院名がわからず、喉の奥に骨が引っかかったような感じでした。

 教えてくださったikuさん、同窓会出席のみなさん、ありがとうございました。

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2013年5月23日 (木)

幾春別に行ったらどうぞ!

 幾春別を代表するお店をちょっと紹介。

 こちらは皆さん知っている「更科」さん。

P1040244

 ここのざるそばは最高ですね!!
 細麺で色が白い。

 今回も大好きなざるそばをいただこうと思ったのですが、訪ねた日は寒く暖かいものが欲しかった。
 そんなわけで、いただいたのがこちら。

P1040243_2

 昔なつかし「中華そば」です。

 ホントに昔なつかしの味がする。
 正に中華そば!とてもおいしかったです!
 いまどき、こんなラーメンありません。

 そしてこちらは和食の「古母里」さん。

P1040306_4 7つの小皿に煮物や刺身がのっている、女性向けの和食です。

P1040305 煮物がおいしかった。
 ここに北海道の巨大フキがあるのですよ。

 この太さのフキは、こちらでは見たことありません。
 北海道特有な感じです。
 北海道は何食べておいしいですね。

 建物はレトロな雰囲気で、ここにお店をだして7年目だそうです。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

「更科」 

 三笠市幾春別町1-174

 ℡ 01267-6-8323

 

「古母里」 

 三笠市幾春別町1-200

 ℡ 01267-6-8949

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

  奔別・幾春別紀行は今回で終了いたします。

 今回までの奔別行きで、自分の思っていたところがだいたい見れたこと。
 年々子供の頃の面影がなくなっていくこと。
 調べていたことがある程度確認できたことが理由です。

 でも私のことだから、来年あたりまた行っているかもしれません。

 毎年行っても飽きない奔別。

 少しでもなごりが残っていて欲しいです。

 奔別、幾春別に関してたくさんの方からコメントいただきました。

 ブログへのアクセスも6割は奔別・幾春別関係です。

 それだけみなさん、関心が深いのだと思います。

 昔の奔別、幾春別のことをたくさんの方から教えていただきました。

 ありがとうございます。

 心よりお礼申し上げます。

 

 
 
 

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2013年5月22日 (水)

幾春別をぶらり

 幾春別の町を少し。

P1040263

 幾春別から月見坂に続く角にある赤い家。
 以前は酒屋さん?だったらしいのですが、現在は人が住んでいるのかいないのかわかりません。
 でも家は当時のまま健在です。

P1040293

 こちらは奔別小学校の先生だったという山口靴店。
 5年ぐらい前に訪れた時はまだお店は開いてました。
 今は屋号も降ろしてひっそりとしています。

P1040295

 回春堂横の空き地は昔幾春別唯一のデパートだったという、「ながやす」の跡地です。

 私はそんな建物があったとは覚えがないです。

P1040282

 こちらは幾春別神社。
 前日の12日にはお祭りがあったようで、のぼりがあがっていました。

P1040283

 神社前のメインストリート。

 かつてここにお祭り時にはびっしり屋台が並んだそうです。

 今はお祭りでも出店がなく、ひっそりとしています。

P1040281

 こちらは奔別炭鉱のホッパーに引き込まれた線路跡。

 ちょうど幾春別神社裏手になります。

Jindoubashi

 ここは人道橋跡地。

 そのそばにある三笠市の名木「ハルニレの木」です。
 今回はじっくり観察してきました。

P1040171

 毎年葉はつけるのだけれど、裏に廻るとこんな感じ。

P1040173  木が大きく裂け、腐ってポロポロ落ちて非常にかわいそうな状態です。

 毎回ここに来てても、この木が「ニレの木」で「名木」であることは知らなかった。
 私がいた当時からここにあるのだろうと思いますが、記憶にはありません。

 「よく生きているナァ~!」と感心してしまう。
 ずっと昔からある木です。
 生命力ってすごいですね!

P1040169

 山の手町に向うコンクリート橋。

P1040170  その横に錦町に向う道も健在です。

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2013年5月21日 (火)

月見坂と奔小への坂道

P1040251  こちらは奔別へ続く月見坂。

P1040258  そして立抗です。

 奔別=立抗=月見坂。
 奔別を語るになくてはならない象徴です。

P1040257  月見坂の途中から立抗に下りていく道がありました。
 この坂を下りてたくさんの人たちが立抗のなかに入って行ったのです。

 この立抗に下りていく道より少し上に上がったところに、

Sakamichi  奔別小学校に斜めに上がっていく坂道がありました。

 それがこの道。

 今回発見したのです!!

 なぜなら、坂道を照らしていた街灯らしきものを発見!

1_n_image  道路より少し上がったところにまず1本。

2_n_image  ちょうど中腹あたりに2本目。

3_n_image  そして上りきったあたりに3本目。

4_n_image  これは3本目を坂上の道路から見たところ。

P1040260  坂を上りきった反対側は奔別小学校の校舎と幾春別小学校グラウンドの境目あたりでした。

 ここだけ地が少し高くなっているので、たぶん校舎があったところだと思います。

 坂道を確認できるなんて感激です!!
 夏なら絶対にわからなかったでしょう・・・

 この坂道を通って、父を立抗入口まで送りに行っておりました。
 この坂道を通って、幾春別の町に行っておりました。

 当時は街灯がついていた覚えはありませんが、みなさんが通っていたことには間違いないですね。

 

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2013年5月20日 (月)

奔別小から幾春別小への道

 奔別小学校から幾春別小学校へ続く道から見た立抗。
 子供の頃と変わらない姿です。

P1040233  先を進み、幾春別小学校から奔別小学校校舎を見ます。

P1040234  夏に来た時は道もジャングルでしたが、今は地形もわかる。

P1040235  こちらは教職員住宅があったという、錦町に上がっていく道です。
 笹に覆われ、道らしきものはあるのだけど、これ以上先に行くのはやめました。

Ikushunbetsu_high_school  幾春別小学校全景。
 正確には旧旧幾春別小学校です。
 左側に隣りあわせで奔別小学校がありました。

P1040236  道路脇に石碑が・・・
 どうやら校門らしきものです。
 幾春別小学校の校門は高かったらしいですね。
 途中から折れている感じ。
 名前も削られていて、果たして校門だったのかわかりません。

P1040237  上の石碑の後ろ側にある木々。
 かなり年数が経っています。
 昔の写真で見ると、ちょうど敷地との境目に植えられていた木々のようです。

 半分は枯れ、半分は健在している。
 月日の流れを感じます。

P1040242  塾の先生のお宅だったと言う家。

 まだかろうじて健在中です。
 

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2013年5月19日 (日)

下川端から旭町へ

 現在の砂子組があるあたりへ。

P1040217

 このあたりに日本商事のストアがありました。

Shimokawabata  ここは駄菓子屋さん(おとうふやさん)やプールがあったあたり。
 車の後ろ奥が現在の砂子組の会社です。

P1040218

 こちらは前にも写真を撮りましたが、生協のあったあたりにある馬頭観音。

 まだ木々が茂ってないので場所がよく分かります。

P1040225

 上川端方面を見たところ。

 左手にある古い電柱には何が書いてあるのかわからなかった。。。

P1040221

 この写真は先ほどの生協あたりにある馬頭観音から旭町へ続く道です。
 上ってみると道らしきものが続く。

P1040226  道というより坂ですか。。。
 わりときれいに残っています。
 道幅はこんなに広かったのか・・・
 でもはっきり上の旭町に続いていることがわかります。

 そして・・・ししさん。見てください。

 その旭町です。

Asahicho  上川端のロータリーのところから旭町へ上る坂から撮りました。

 私はこの場所のことは全然覚えておりません。

 でも一緒に行った方が、地形が当時のままだと言ってました。

 広場のようで、ここだけ木も生えず残っているのは何か不思議な気がしました。
 資材置き場でも石炭置き場でもない。
 ひょっとして旭町の住宅が一番最後に解体されたのかもしれません。
 だから木々がまだ若いのかも・・・

 いずれここもジャングルになるのは近いことでしょう・・・

P1040230  上川端のロータリー。
 真ん中奥の坂道が奔別小学校へ続く道です。

P1040231  ロータリーから旭町を見上げたところにある廃屋。
 この横の側溝は何でしょう?

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2013年5月18日 (土)

映画館裏の曙町から奔別神社へ

 ここは映画館があったあたりから奔別川を見たところ。
 P1040200  左に橋らしきものが見える。
 ズームすると・・・

P1040201  中ノ沢から流れてくる支流の合流点らしい。

P1040213
 横に見えるのは砂防堰。(車のある場所からちょっと下あたりで撮りました。)
 この砂防堰の20m西ぐらいに映画館がありました。

P1040202 この道のずっと先に行ってみたかった。
 ので、下まで下りてみることにした。

P1040203  振り向くと車のあたりが映画館があった場所だと思います。
 この道は曙町に続く道ですか・・・
  (対岸側を曙町と言ったそうだから、中ノ沢に続くでいいのかな・・・)

Nishikicho  奔別川と中ノ沢から流れてくる支流の合流点。

 コンクリートの護岸が崩れていました。
 先に見えるのは対岸に続く橋だと思います。

 対岸には何かが・・・

P1040207
 何の遺物なのかわかりません。

 ※上の遺物は昭和6年開坑、昭和20年廃坑になった中の沢坑だそうです。(※戦中戦前の奔別炭鉱原風景より)

P1040209

 下流側には砂防堰と思われる滝があります。

P1040211

 支流側には橋だと思われる基礎が・・・
 この向こうにたくさんの炭住が建っていました。
 何年生のころか忘れてしまいましたが災害があって、この支流の両脇の建物が流されたのを覚えています。

 この上にくるみ幼稚園があったそうです。

 動物の足跡、フンがいっぱい!!
 危ない、危ない、退散します。

 車は本沢方面へ。

P1040216

 このあたりに神社がありました。

 去年来たときに階段らしきものを見つけましたが、どのあたりだったか・・・

 たまたま道路清掃している方が見えたので聞いてみました。

 ここです。
 上の写真の右手のちょうどカーブする辺りに、

P1040214

 石碑があります。
 ズームすると・・・

P1040215
 道路から見えるのですが、笹に隠れてすべてが読めない。
 神社跡地まではどう見ても入れません。

 石碑には
 昭和14年に建立されたもので「神社に拝礼いたしませう 南友子会」と記されているそうです。(※戦中戦前の奔別炭鉱原風景より)

 私はこの神社には来たことがなかったのだけれど、奔別神社というそうです。
(奔別神社は中ノ沢町内にあったそうです。)

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

参考資料 戦中戦前の奔別炭鉱原風景

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2013年5月17日 (金)

川沿町一帯を歩く

Kawazoe_skamichi  川沿町の坂道です。

 昔はこんなにカーブしていないでまっすぐの道でした。
 道路際の側溝もなかったように思います。

 坂道自体もこんなに低くはなかった。
 どうやら炭住があったあたり(真ん中より右側部分)が盛土されたように思います。

P1040196  この坂の先には桂町に続く橋がありました。
 この橋は「桂橋」と言ったそうです。

Kawazoe  橋を渡った向こう側にはアパートがあったそうです。
 hokepieさんが住んでいたアパートですね。

 ちょうど真ん中の道らしきものが見えるあたりですね。
 川向こうの起伏がはっきり見えます。

 ところで左のこの木は杉の木?
 太さからしてかなり年月がたっています。

 昔お風呂場があったあたりにこんな木があったかな・・・

Kawazoekatura3  橋の右側から桂町を見たところです。

 ちょっとズームして

P1040193  川向こうに見える排水溝のような四角いものは何?
 川に流す下水?

P1040195  こちらも何のコンクリートなのかわかりません。

 その向こう側は橋げたですね。

 再びお風呂があったあたりにもどって、

P1040304  真ん中に排水溝発見!

 ここで2階長屋と平屋の炭住に左右に分かれていたのかな・・・

 左奥の奔別川は平屋のあったあたりから蛇行していたと思いますが、今はほぼ直線に流れています。

 蛇行したあたりから上流側には川石がゴロゴロしていたのですが、今は笹が川辺まで生い茂り昔の面影はありません。

 P1040199  こちらは石がゴロゴロあった川原方面から川沿町の坂道方面をみたところ。

 このあたりに湧き水が出ていたらしい。
 見ると現在でも水が染み出ているので、きっとこのあたりにあったんだろうね~。

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2013年5月16日 (木)

奔別橋から川沿桂町へ

 1年ぶり、正確には10ヵ月ぶりの奔別訪問です。

 2008年から訪れて、今年で7回目になりました。
 「よくぞ毎年、そんな物好きがいたものだ。。。」と思いますが、私だけじゃないんですねぇ~!!

 今回は私と同じように思っている方が他に2名同行です。。。

 そのメンバーがすごいのです!
 秋田県と徳島県と愛知県ですよ。

 てんでバラバラの地域の方たちですが、奔別に同じような思いを抱いているのです。
 そんな方々と同行できたことをとても感謝しております。

 ってなわけで行ってまいりました。

 おかげで今回は発見!発見!また発見!!

 一人ではこんな発見はできなかったです。
 同行してくださったお2人方、ありがとうございました。

 では今回は奔別橋から川沿桂町方面を紹介します。

P1040187  幾春別小学校下、川沿町の鉄筋4階建てあたりから撮った奔別橋です。

 「こんなに狭かったかな。」と思うくらい狭い橋です。
 いつ朽ち果てるかわからないような状態です。

 この橋の手前には家が2軒あるのですが、この橋を渡ってイノシシか鹿か熊が来るようで、足跡とフンがありました。

P1040185  上流、川沿町を見たところ。

 こんなに川の位置が低かったか覚えはありません。

P1040183  「昭和○一年十月施工」。
 日付が書いてあるのだけどよく読めない。

P1040184  「ほんべつばし」。
 でもよく見るとぽんべつのほの○がとれてしまったような形跡があります。

 ここに来たのは3回目。
 でも橋の名前まで見たのは初めてです。発見!だ!

 橋を渡ったところは笹が生い茂っていました。

 去年まではまだすんなり渡れたのに・・・

Kawazoekatura  奔別橋を渡ったところの川沿桂町。

 当時の地形の起伏がしっかり残っています。
 歩いてもうちょっと先の方まで行けそうなので、今回は行ってみました。

 ちょうど真ん中のカーブするあたりまで行きましたが、動物の足跡がたくさん!

 「危ない!危ない!」
 それ以上はやめておきました。

 カーブするあたりは笹が生い茂っています。
 それ以上は橋(川沿町坂道からの桂町につなぐ橋)のあったところまでは笹に阻まれて、行けそうにありません。

 こちらは対岸から川沿桂町を見たところ。

Kawazoekatura2  右側の川のカーブした先に奔別橋があります。

 真ん中にあるのはコンクリートの護岸。

 昔はここまで川が流れていたようです。
 土砂が桂町の方から押し出されてきたようで、川幅や地形が変わっています。

 これも今回の発見です。

 この地は土地が低く、災害があったときには真ん中のカーブするあたりに建っていた家まで川の水が来ていました。

 ずいぶん長い年月が経ったんだなァ。。。

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