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2017年6月 4日 (日)

奔別小から幾春別小へ

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 上川端のロータリーです。

 奔小に上がる坂道から撮りました。

 その奔小に上がる坂道がこちら。

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 この先奔小、幾小へと続きます。

 ロータリーの向こうに見えるのが旭町。

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 斜めに上がって行く坂道はごらんのとおり草木でうっそうとしています。

 雨が降っているのでこの先は無理です。

 奔小への坂道を上っていくと、

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 こちらが現在の奔別小学校跡地です。

 周りの木々が大きくなりました。

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 奔小から幾小へ向かう道。

 前方に立坑の頭の部分が、その右寄りに殉職者の慰霊塔が見えます。

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 先を進むと、ちょうど奔小と幾小の境目あたりだと思いますが、草木が生い茂って車一台通るのがやっと。

 車に傷がつかないか冷や冷やもんです。

 「夏はこの道を通るのは無理だろうなぁ。」と思います。

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 錦町の鉄塔まで来ました。

 4年前までは山菜取りをしている人が歩いていましたが、「歩いてこの道を行く人は今はいないだろうなぁ・・・」と思います。

 熊が出てきそう・・・

 鉄塔の左横は幾春別小学校跡地です。

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 山菜取りの人がここに錦町方面から入っているのでしょうか。

 ここはあまり変わらない感じです。

 鉄塔下の笹薮から錦町へ上がって行く坂道。

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 ここもかろうじて名残があります。

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 文房具屋さんだったという赤い屋根の建物は、色もわからないくらいに倒壊。

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 学習塾だったという家は残っているものの、草木に覆われ廃墟化していました。

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北海道三笠市奔別・幾春別」カテゴリの記事

コメント

番外編ありがとうございます。

この間まで花壇の植物のお話を聞かせて頂いた、と!
思っていたら奔別ですね!・・・不思議な「はなさん」です。
グローバルで距離を感じさせません。

番外編、画像の数々!さぞや撮影が大変だったのではと敬愛 
いたします、危険もともなったでしょう羆だって遭遇しても
おかしくはない番外地の様相ですが、実は撮影された画像の数々には、沢山の人々が介在し活気みなぎる生活や街並みがあった痕跡
をはなさんが提示していただいたおかげで、わたくし「唐松の子」も早速、Google Earthにてワンカット、ワンカット町名と場所を特定し検証する事ができました、感謝申し上げます。

故郷三笠市を離れて48年、30年ほど前に墓参りしたっきり足を運ぶ
事がないままでしたが、今回 はなさんのおかげさまで
私の魂と記憶はGoogle Earthと共に現地へ行く事ができました

ありがとうございます。

投稿: 唐松の子 | 2017年6月 4日 (日) 16時03分

唐松の子さん こんばんは。

行ってきました。奔別へ。
唐松も行ってきましたよ。

唐松もですが、幾春別、奔別はますます閑古鳥が鳴いている状態でした。
清住町から東清住町を通る116号線は大きく変わって、唐松の子さんが通っていた中学校の敷地を縦断しています。
そして、弥生町下の赤い三角屋根の炭住を通らず、弥生の坂道前から直につながっています。
googleには半分整備中で載っていますが、弥生柳町の橋は完成しているようですね。

116号線から唐松駅に向かう道も、以前は窪地みたいな場所で、線路を横切る感じでしたが、今はどこが線路かわからない感じでした。
道路だけは快適になっていました。

また順にアップします。ご覧ください。


投稿: はな | 2017年6月 4日 (日) 19時41分

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