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2017年6月13日 (火)

旧弥生駅あたり

 旧弥生駅がどこにあるのか今までわからなかったので、今回探してみました。

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 116号線より幾春別川沿い、道路下にありました。

 弥生町は幾春別、唐松よりも地形が少し高くなっています。

 幌内線の線路は高低差なく、続いていたようです。

 近くにと「三笠温泉花月園」言う旅館がありました。

 今でも営業しているのでしょうか・・・

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 ここの温泉に来るには、赤い吊り橋を渡ります。

 この吊り橋が怖い!

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 車も通れるのですよ。

 歩いて通るだけでも怖い!

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 幾春別川の上流側。

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 こちらは下流側。

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 この辺は川がかなり蛇行しているようです。

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 こちらは今も残る三角屋根の家々。

 新しくできた道路はこの家々の前を通らなくなりました。

 今回4年ぶりに訪ねて、相変わらず閑散とした風景でしたが、幾春別町の建物がだいぶなくなっていたのが寂しかったです。

 奔別はますます木々が大きくなり、自然化して地形も変わっていて、今後訪れる時期を考えないと思うように見れないと思いました。

 それでも桂沢の橋の発見や、念願だった清松橋ストリートを歩けたので、自分なりに満足しています。

 今回一番印象に残ったのは、唐松駅に貼ってあった奔別炭鉱ガス爆発の写真で、立坑から白い煙が上がっています。

 どなたが撮ったものかわかりませんが、とてもリアルで思わず見入ってしまいました。

 ただ昭和46年と書いてあったのですが、46年は閉山の年、昭和41年に爆発事故があったと思います。

 閉山した46年にも爆発事故があったのでしょうか?

 そんな疑問が残りました。

 また、帰りに岩見沢の「そらちヤマ(炭鉱)の記憶マネジメントセンター」に寄りました。

 大夕張展を開催していて、写真を見てきました。

 また奔別に関する資料も見せて頂きました。

 みなさんも一度行ってみて下さい。

 今回は1日雨降りで少々難儀しましたが、札幌からレンタカーで181km、またいつか訪れることができたらいいなと思っています。

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北海道三笠市奔別・幾春別」カテゴリの記事

コメント

 はなさん、お早うございます。土曜日に三笠へ行ってきましたよ。約1年ぶりの帰省です。印象としては、はなさんと同様に、懐かしみの中で、道路が整備されたなぁと、そして交通量が極端に増えたなぁと感じつつ、帰宅しました。はなさんと違った視点での三笠訪問を伝えます。例年は、国道12号線から三笠にはいるところ、今回は栗山町から裏道を経て、三笠に入りました。裏道から最初に三笠に触れるのは、旧幌内の先端です。すると鉄道村の案内標識が目に入りましたので、そちらに向かいました。私にとりまして、初めての訪問でした。
 多少の来客がありました。でも、やはり少ない。閑散なイメージでしたね。そこには10分ほどいて、幾春別方面へ向かいました。鉄道発祥の幌内なんだから、残ってて欲しいと思いつつ、一抹の不安を覚えたものです。そして、裏道から唐松を経由し、旧幾春別中前を通って、そのまま桂沢国設スキー場へ向かいました。道路の拡張が著しく、行き交う車が増えたという印象で車を走らせました。桂沢のスキー場は夏場には、キャンプや子供遊技場として解放されている山裾の一角です。久しぶりの訪問でしたが、鉄道村とはうって変わって、にぎわっていました。駐車場には100台以上の車がとまり、ゴーカート乗り場付近には、子供連れの親子が順番待ちしてました。うれしかった。ここだけは、三笠ではない、別世界の感じでした。
 まもなく、私の生まれた地、奔別へ向かいました。奔別は、やはり昔の面影はなく、寂しい限りでした石炭の露天掘り場所に出入りするダンプとすれ違うだけで、ただ残念と思ったものです。でも私は、高い山々に「またくるぞ」といって帰路につきました。はなさん、また、お知らせします。

投稿: エム村上 | 2017年7月10日 (月) 08時49分

エム村上さんへ

栗山町からと言うと道道30号線でしょうか。
三笠市の萱野町あたりから、917号線にのって旧三笠駅を通って、唐松駅~弥生町方面に行く道ですね。
私も奔別へ行く時、行きは高速、帰りは917号線を通って帰ってきます。
今回は岩見沢から高速にのって帰ってきました。
夕張から栗山町へ抜けて、234号線にのって岩見沢に行ったこともあります。
917号線は快適ですね。
岩見沢の町に抜けるのも、この道の方が早く着くような気がします。
清住町から弥生町の道路がきれいに整備されましたね。
弥生町のあの三角屋根の炭住前は通らなくなりました。

桂沢スキー場のところに、「ファミリーランドみかさ遊園」という施設がありますね。
子供を連れて行くと最高に楽しいところだと思います。
夏休みなどは繁盛するんじゃないですか。
それに引き換え、桂沢湖畔は寂れてしまいましたね。
残念です。
いいところだと思うので三笠市さん、整備してくれないでしょうか。
奔別はますます自然化しましたね。

投稿: はな | 2017年7月10日 (月) 19時00分

はなさん。
はじめまして。
カメラマンをしております「かず」です。
数年前より産業遺産の撮影をしていまして奔別は、いつも撮影させて戴いております。
ネットで奔別を検索していたところ、はなさんのHPに行き当たり今後の参考にさせて頂きたくご挨拶のコメントさせてもらいました。
今後も三笠の事を語って頂けると幸いに思います。

投稿: かず | 2017年7月11日 (火) 10時16分

かずさん 初めまして。

奔別の写真を撮られているようでうれしいです。
私のHPは自分で思いついたところを撮っているので、「産業遺産」らしいものはほとんどありません。
少しでも参考になれば幸いです。

奔別の写真展がありましたら、是非伺いたいと思います。

コメントありがとうございました。

投稿: はな | 2017年7月11日 (火) 18時54分

はなさん。
早速の返信ありがとうございました。
私の場合、写真・映像を撮るときに当時そこに居た人たちの気持ちを考えるようにしております。
そのため、当時を知ってる方が話して下さるなら、お話しを聞かせて頂こうと考えております。
ただ、炭鉱の場合幸せな結末にならなかった人も多く、快く皆様が語ってくれるとは限りません。
私事ですが、私も若い時に三菱南大夕張炭鉱の事故取材に関わり色々と考えさせられました。
たぶん炭鉱は二度と撮影出来ないだろうと思ておりました。
しかし、機会を与えて頂き少しづつ炭鉱跡の撮影を致しております。
恥ずかしながら炭鉱を撮り始めても夕張だけは手が付けられず今年の春からようやく決意し時間が出来ると夕張に行っている状態です。
そんな、もたもたしていたので南大夕張・鹿島・真谷地など多くが無くなってしまいました。
また、お話しをブログで聞かせて頂けると幸いです。
今後とも、宜しくお願い致します。

投稿: かず | 2017年7月11日 (火) 22時05分

かずさんへ

そうですね。
みなさん同じ思いではないので、自分と同じように見ていると失敗します。

私は奔別にいた期間は短かったので、思い出と言う思い出は残ってないのですが、コメントを下さったみなさんの話を聞いていると、「ああ、こういうところがあった。」「こんなことをした。」と思い出します。
それってすごく貴重なものですよね。
子供の頃の思い出はほとんど忘れてしまったのですが、一つでも思いだせると言うのは新鮮であるように思えます。

私の近くに大夕張出身の方がいて、いろいろ話を聞いて行ってみたくなり、数年前に行きました。
まだ湖に沈む前でした。
もっと写真を撮ってくればよかったと後悔しています。

ものは考えようで、大夕張のようにダムに沈んだら二度と見れない。
奔別はまさに原生林に帰っていくわけですが、まだ見れる箇所があるだけ幸せかもしれません。

投稿: はな | 2017年7月12日 (水) 18時53分

 はなさん、いかがお過ごしでしょうか。ブログ投稿が難しくなっていますね。これは試験的な投稿です。

投稿: エム村上 | 2017年8月 3日 (木) 08時18分

エム村上さんへ

こんばんは。お久しぶりです。
毎日暑いですね!

ブログ投稿、支障がありますか?
上手くつながらないですか?
掲載の方は支障ないのですが・・・

投稿: はな | 2017年8月 3日 (木) 19時29分

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