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2013年5月19日 (日)

下川端から旭町へ

 現在の砂子組があるあたりへ。

P1040217

 このあたりに日本商事のストアがありました。

Shimokawabata  ここは駄菓子屋さん(おとうふやさん)やプールがあったあたり。
 車の後ろ奥が現在の砂子組の会社です。

P1040218

 こちらは前にも写真を撮りましたが、生協のあったあたりにある馬頭観音。

 まだ木々が茂ってないので場所がよく分かります。

P1040225

 上川端方面を見たところ。

 左手にある古い電柱には何が書いてあるのかわからなかった。。。

P1040221

 この写真は先ほどの生協あたりにある馬頭観音から旭町へ続く道です。
 上ってみると道らしきものが続く。

P1040226  道というより坂ですか。。。
 わりときれいに残っています。
 道幅はこんなに広かったのか・・・
 でもはっきり上の旭町に続いていることがわかります。

 そして・・・ししさん。見てください。

 その旭町です。

Asahicho  上川端のロータリーのところから旭町へ上る坂から撮りました。

 私はこの場所のことは全然覚えておりません。

 でも一緒に行った方が、地形が当時のままだと言ってました。

 広場のようで、ここだけ木も生えず残っているのは何か不思議な気がしました。
 資材置き場でも石炭置き場でもない。
 ひょっとして旭町の住宅が一番最後に解体されたのかもしれません。
 だから木々がまだ若いのかも・・・

 いずれここもジャングルになるのは近いことでしょう・・・

P1040230  上川端のロータリー。
 真ん中奥の坂道が奔別小学校へ続く道です。

P1040231  ロータリーから旭町を見上げたところにある廃屋。
 この横の側溝は何でしょう?

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北海道三笠市奔別・幾春別」カテゴリの記事

コメント

鹿のフンのチョコ団子が奈良限定で売られて居るらしいですよ。蝦夷鹿も増え過ぎて、肉が売られるように成りました。ロータリー左手東に面した高台の奔別旭町(旭ヶ丘町)私の時代の呼び名
は桂沢方面の山が抜けていて、奔別で一番最初に朝日に出会えた素敵な街でした。中の沢町の上部の炭住も日の出が早かったね。はなさんの写真から面影を探すのも夢心地で楽しいけれど困難になりつつありますね。砂子組が入ってなければ?、砂子さんに、「また来たのって言われなかったかい。
写真が益々貴重な想い出の手掛かりとなりますね。どうも有り難うございます。

投稿: ししちゃん | 2013年5月20日 (月) 07時14分

わたしが、住んでいた下川端あたりの写真ありがとうございます。

場所、建物すべて覚えている所ばかりです。10年前に訪れた時とあまり変わらないようですね。でも、木々は育っているのでしょう。
生協横の馬頭観音のあたりに、同級生が住んでいましたし、以前にも話したように、おとうふやさんの子ともは、同級生です。よく行きました。

下川端から、上川端に上る坂道は、子どもの頃は、急で長いと思っていましたが、前に訪ねたら、大したことがなくて驚きました。

旭町へ上る坂道から下川端を見下ろす土手で、スキーをしていました。わたしは、すぐ近くに住んでいたので、冬は毎日のようにしていました。雪解けの頃には、うど、三つ葉などの山菜がたくさんあり、スコップを持って採りに行きました。あ〜!なつかしいです。
私たちの同窓会は、9月です。連休の時なので、是非とも行きたいと思ってます。

投稿: iku | 2013年5月20日 (月) 07時57分

ししさんへ

旭町は行ったことがなかったので、どんなところか楽しみにしていました。
旭町がある自体知らなかったです。
馬頭観音から上がっていく道も覚えがありません。

どうやら旭町は解体後、手が入ってないようです。
木もあまり生えていませんでした。

高台にあるので、朝日も一番に見られたでしょうね。

砂子組さんの方には会いませんでした。
でも工事車両は動いてましたよ。
1年でたくさんの方が見に来るんですもの。
私のことなんか覚えてないですよ。

投稿: はな | 2013年5月20日 (月) 09時13分

ikuさんへ

ikuさんは上の看板の写真の右手方向(旭町下)に住んでいたんですよね?
ここは大きく変わってます。
石炭置き場になっているようで、大きく削られていました。
地も低く平らになっていました。
三叉路のあたりはもっと削られていて、もう1本道ができていました。
地形が変わってきています。
木々は育っていますよ。
1年1年が早いです。

山菜はたくさんありましたね。
桂沢に行く途中(現在の浄水場排水処理乾燥床施設あたり)で背丈ほどのフキを取りに行ったのを覚えています。
北海道のフキってすごく大きかった。
母はそれを塩漬けにしてました。
あと本沢奥地に破竹、川沿町の山の斜面できのこなど親とよく採りに行きました。
懐かしいね~!

投稿: はな | 2013年5月20日 (月) 09時24分

「一年で沢山の人が見に来るんですもの」はなさんの文章気になるなー。幾春別、奔別に縁のある方が結構来ているんですね。昔の栄華と比べて寂しいねー。天候の悪さと残雪が木々の芽生え遅らせ、写真の発色も寂しさをつのらせます。旭町付近は木々が小さいとか!行かなくちゃ!。はなさんに送信して貰った昭和初期の幾春別に今日もダップリト漬かって眺めて居ます。貴重な戦前の幾春別の姿を想い起こしてボーッ過して居ました。有難いね。

投稿: ししちゃん | 2013年5月20日 (月) 17時02分

ししさんへ

いや!ホント!
結構見に行く人いるみたいですよ。
ししさんも是非行ってみてください!

自然化してだんだんわからなくなってきてます。
2008年に行った時は川沿町もまだ当時の雰囲気がありました。
たった5年で木がボウボウです。
木の生長は早い!
これからますますわからなくなると思います。

投稿: はな | 2013年5月20日 (月) 17時45分

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