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2013年5月22日 (水)

幾春別をぶらり

 幾春別の町を少し。

P1040263

 幾春別から月見坂に続く角にある赤い家。
 以前は酒屋さん?だったらしいのですが、現在は人が住んでいるのかいないのかわかりません。
 でも家は当時のまま健在です。

P1040293

 こちらは奔別小学校の先生だったという山口靴店。
 5年ぐらい前に訪れた時はまだお店は開いてました。
 今は屋号も降ろしてひっそりとしています。

P1040295

 回春堂横の空き地は昔幾春別唯一のデパートだったという、「ながやす」の跡地です。

 私はそんな建物があったとは覚えがないです。

P1040282

 こちらは幾春別神社。
 前日の12日にはお祭りがあったようで、のぼりがあがっていました。

P1040283

 神社前のメインストリート。

 かつてここにお祭り時にはびっしり屋台が並んだそうです。

 今はお祭りでも出店がなく、ひっそりとしています。

P1040281

 こちらは奔別炭鉱のホッパーに引き込まれた線路跡。

 ちょうど幾春別神社裏手になります。

Jindoubashi

 ここは人道橋跡地。

 そのそばにある三笠市の名木「ハルニレの木」です。
 今回はじっくり観察してきました。

P1040171

 毎年葉はつけるのだけれど、裏に廻るとこんな感じ。

P1040173  木が大きく裂け、腐ってポロポロ落ちて非常にかわいそうな状態です。

 毎回ここに来てても、この木が「ニレの木」で「名木」であることは知らなかった。
 私がいた当時からここにあるのだろうと思いますが、記憶にはありません。

 「よく生きているナァ~!」と感心してしまう。
 ずっと昔からある木です。
 生命力ってすごいですね!

P1040169

 山の手町に向うコンクリート橋。

P1040170  その横に錦町に向う道も健在です。

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北海道三笠市奔別・幾春別」カテゴリの記事

コメント

櫛の歯が抜けたような幾春別、行くの「チュウチョしてます。「はなさんのBlogでいいなー」これ以上衰退した幾春別を見られないわー「悲しくて」何ですか、神社前のメインストリート涙がちょちょぎれそう。アノ賑わいは何処へ
尾崎回春堂横の空き地も凄いね。ニレの木も!幾春別も!
‥‥の一途を歩んでいるような風景ですね。あー悲しー。
この写真は残酷だ、自分の姿と重なるわー。

投稿: ししちゃん | 2013年5月22日 (水) 08時56分

追伸、今一度見直しましたら、神社前から更科お蕎麦屋さんの建物の全景が見通せるなんて、往時を知るものにとって考えられません。春草?やつわものどもが夢の跡ですね。ハリケーンが通り抜けたか?ああー淋しい!

投稿: ししちゃん | 2013年5月22日 (水) 11時10分

ししさんへ

神社前にはお祭り時にはたくさんの出店や人出があった写真を見ました。
今では人と出会うこともないくらい静かです。
こうやって写真撮っていても、人と出会いませんもの。
5年くらい前に行った時は、まだ人出がありました。
地方はどこの町でもこんな感じですね。
昔の賑わいがなつかしいですね。

投稿: はな | 2013年5月22日 (水) 14時21分

幾春別の町も寂しい限りですね。

ながやすにはよく買い物に行かされました。
お砂糖を買った事しか覚えてませんが。

幾春別神社の階段 懐かしいです。
お祭りの時には、鳥居の近くに見世物小屋が
出てました。
怖くて入ったことは一度もないです。

鳥居のすぐ近くに幼稚園で一緒だった双子の
友達が住んでいたので遊びに行ってました。

山口先生は、修学旅行の引率をしてくださって 旅館で一緒に写った写真が残ってました。
笑顔の写真です。

いろんな事を思い出すと、現実が悲しくなりますね。

でも、当時はなさんも私も同じ校舎の中にいて、同じ給食を食べてたんですよね!

不思議なご縁です(*^-^)

投稿: まんみ | 2013年5月22日 (水) 16時39分

まんみさんへ

幾春別の町は行くたびに寂しい町になって行きます。
開いていたお店が閉じていたり、人が住んでいた家が空き家になっていたり・・・
寂しいね~!
住んでいる人が段々高齢化して、一人住まいができなくなっていくのかも・・・

ながやすは覚えがないのです。
あまりお店に行くことはなかったので、わからないことが多いです。

不思議なご縁ですね。
こんな出会いもあるんだね~!^^

投稿: はな | 2013年5月22日 (水) 22時10分

山口先生は、私の妹もお世話になりました。グランドで竪坑を背景に集合学級写真が残って居ます。顎の頬骨が張って履物店に相応しいお顔だちでした。とても優しい先生だったと言ってました。「先生御免ね」三笠市は革新系の街で昔は同一校に長く先生をされる例が多かったので、奔別小学校で習った方も多いでしょう。空知信金も無いし高齢者も市庁舎の三笠に収集されてしまうのかなー。私も間も無く後期高齢者ですから、他人ごとでないですよ。

投稿: ししちゃん | 2013年5月23日 (木) 09時15分

ししさんへ

山口先生は私は覚えてないのですが、みなさん知っている先生のようですね。
幾春別の町は行くたびに1つ1つとお店や病院、銀行などがなくなって寂れて悲しくなります。
住んでいる人もいなくなっているんでしょうね。
だんだん空き家になっていくんだ・・・
活性化と言っても何があるんでしょう。
難しい問題です。
三笠の町でも簡素化しているんだから、幾春別の町は当たり前といえば当たり前かも・・・
それでも岩見沢から幾春別にバスが1時間に2本は通っているので、ちょっとはホッ!とします。

投稿: はな | 2013年5月23日 (木) 19時55分

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