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2012年8月 7日 (火)

奔別への入口 月見坂

 上川端のロータリーから月見坂を下ります。

1  狭い道路ですね~。
 こんなところ、バスやトラックが通っていたのですよ~。
 でもあの頃、こうして舗装されている道路自体、幹線道路だったということですね。
 昔のままの道です。

2  こちらは反対側から見たところ。上川端方面です。

3  私は覚えていないのですが、両側は石が積まれていたんですね。
 その石もご覧のように苔むして、長い年月を感じます。
 月見坂はヒャッとして涼しかったです。

4  道路の正面の高台に奔別小学校がありました。

5  この坂だけは変わりませんね~。

 立抗+月見坂=奔別そのものです。

6  手前の家が倒壊しております。
  こうして1軒、また1軒となくなっていくんですね・・・
 今度来たときはここらの家があるかどうかもわかりませんね。。。

7  幾春別からの曲がり角にある赤い家。健在です。

 長く残っていてほしいと思います。

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北海道三笠市奔別・幾春別」カテゴリの記事

コメント

はなさん、おはようございます。
「立抗+月見坂=奔別そのものです」は正にその通りだと思います。
この風景には色々な思いが詰まっています。
ここだけは変わらずに、いつまでも残って欲しいですね。

投稿: にゃん | 2012年8月 7日 (火) 07時34分

月見坂とは、生きで!ハイカラな名称ですね。源氏物語?坂から見える月は西方向ですから、選炭場やボイラーの煙突や工場の灯りやズリ山をバックに観えたんでしょう。三交代で機械の音は止むことは無かったし、皆んな希望を持って生きてた?

投稿: ししちゃん | 2012年8月 7日 (火) 11時49分

にゃんさんへ

お忙しいところ時間をさいていただいてありがとうございました。

月見坂は特別な場所だと思っています。
奔別の入口であり(奔別橋の方からも入れましたが)、この先に何千人と言う人たちが住んでいたなんて信じられない思いです。
なんかここを歩いていると人々の声が聞こえてくる気がします。
だんだん寂れていくのは悲しいですね。

投稿: はな | 2012年8月 7日 (火) 19時59分

ししさんへ

私はこのブログを始めてからこの坂が「月見坂」と言う名前であることを知りました。
いた頃は何と呼んでいたのでしょう・・・
覚えてないです。

立抗は24時間体制で動いていたし、眠ることがなかった奔別です。
今静かに疲れを癒して眠っているんだなぁ~と思います。

投稿: はな | 2012年8月 7日 (火) 20時02分

はなさん、お久しぶりです。moです。はなさんのブログでの表現いつもながらGOODですね!!特に2012年8月7日のししさんへの返信の中での、月見坂の事に対して、立抗は24時間・・・で始まって「今静かに疲れを癒して眠っているんだな~」この表現、moはとっても感激して又、大変うれしく感じました。私にとって、幾春別と奔別を結ぶ大動脈のこの道に対してこれほどの表現をしていただけるというのは、本当に感激しました。これからもよろしく見守って行ってやってください。私は現在、兵庫県に引っ越しました。ここは、関西の北海道といわれるところです。この年齢になると生まれ故郷が恋しくなりますね!!これからも、akiiro-sakuraの継続をよろしくお願いします!応援させていただいています。それじゃ又

投稿: mo | 2012年10月15日 (月) 22時42分

moさんへ

お久しぶりです。
お元気でしたか?

大阪から兵庫県へですか。
兵庫県はいいところですね。
姫路、大好きです。
昔あこがれて、就職時に西宮あたりに就職しようと思った時期があります。
結局はボツになりましたけど・・・^^

そんな表現しましたか?
なんかはずかしいですね。

これからもよろしくお願い致します。

投稿: はな | 2012年10月16日 (火) 08時16分

はなさん、
こんばんは、moです。「月見坂」なんと、良い響きでしょうか!、「月見坂」のことですが、昨年、久しぶりに帰省して、その際訪れた時に思い出したのですが、
 幾春別駅からバス通りに沿って「月見坂」にさしかかり、どんどん奔別のほうに上がっていくと、確か途中に右側に簡易上り坂があって、その上が奔小の校舎と幾小のグランドを挟んで幾小へ通じる道があったと思います。
 幾小の方へいかず、反対に奔小の校舎の方にどんどん進んでいくと奔小のグランドがありました。そこが、奔小に一番近い、上川端でした。
 しかし、昨年、訪れた時はその道の影も形もなくなっておりました。
 寂しかった~です。その時、懸命に探しましたがとうとう見つかりませんでした。
 はなさん、覚えておりませんか?どなたか、覚えておられる方はおりませんか???
 思い出を共有しませんか。

投稿: mo | 2012年10月23日 (火) 21時28分

moさんへ

おはようございます。

上り坂、覚えていますよ。
たぶん、このブログを見てくださるみなさん、覚えていると思います。

その上り坂、このブログに載せていますよ。
下記は2010年5月に行った時。
http://akiiro-sakura.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-d2c0.html

こちらは2011年11月に行った時。
http://akiiro-sakura.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-ad70.html

のアドレスです。
ご覧下さい。

今年の7月に行った時は、草木が生い茂りよくわかりませんでした。

「月見坂」とは誰が命名したのでしょうね。
昔はこの坂から月がきれいに見えたのでしょうか。

投稿: はな | 2012年10月24日 (水) 07時41分

はなさん、
 moです。いつも取り上げていただき、ありがとうございます。
 「月見坂」の途中の登り坂の情報、はなさんのブログ内にありましたね。ありがとうございました。 胸につかえが一つ取れた気持ちです。  
 ところで、はなさんのブログの名前というか題というか、「akiiro-sakura」の由来はどこからきたのですか?
 素敵ですね!良かったら教えてください。

投稿: mo | 2012年10月24日 (水) 11時23分

moさんへ

また奔別に行ったら、坂道ちゃんと確認して来ますね。
私もこの坂道には思い出がいっぱいあります。
きっとみなさんも通られたと思います。

「秋色桜」の由来もブログに載せました。
http://akiiro-sakura.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-9c72.html

その四季桜が咲いているところは豊田市小原町と言うところです。
http://akiiro-sakura.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-092a.html

花の中で桜の花が一番好きです。
ソメイヨシノほど豪華ではありませんが、紅葉と共に咲く四季桜はとてもきれいです。
moさんは四季桜、見たことありますか?


投稿: はな | 2012年10月24日 (水) 19時35分

はなさん
 こんにちは、「秋色桜」の由来わかりました。ありがとうございました。
 四季桜ですか?私は、初めて聞く名前だと思います。ですから、広辞苑で「四季桜」を調べてみましたら、ヒガンサクラの一種10月頃から開花し始めて4月まで、冬中も少しずつ咲く「10月桜」と書いてありました。 それを、お題にしたはなさんの着眼点が良いですね。お人柄がにじみ出ているような感じがします。
 話は変わりますが、先日の10月4日に一通の手紙がきました。開けてみましたら、中学時代の同級生からです。幾春別中学校3年H組担任は久富信行先生でした。その当時の同級生から50数年振りの便りでした。あまり昔のことで最初はピンときませんでた。 そして、過去に行われました同窓会の時の集合写真が同封されていましたが、その写真を見ても誰一人わかりませんでした。そんなことが最近起こった出来事でした。幾春別中学校は、今は梅林になっていますね。
 それじゃ、これからボランテイアに出ますので失礼いたします。mo

投稿: mo | 2012年10月25日 (木) 10時52分

moさんへ

四季桜は花は小ぶりですが年3回咲くのです。
花の咲いている期間が長くて、楽しめますが、春はソメイヨシノの豪華さにはかないません。
何ていっても「桜の花」は「ソメイヨシノ」です。

同級生からの手紙、うれしいですね。
チリチリバラバラになっても、そうやって連絡あるのは感激ですね。
moさんも是非同窓会に出席してください。

私はまだ同級生には会ってないです。
会いたいですね~。

投稿: はな | 2012年10月25日 (木) 18時33分

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