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2012年8月 9日 (木)

奔別炭鉱引込み線跡地

 幾春別幹線道路の本間病院(今は三笠の杜病院と言うんですね)近くに、幾春別駅から奔別炭鉱への引込み線跡が残っていると他の方のブログで見かけて、それがどこにあるのか探してみました。

25  これですね~。
 意外とすんなり見つけました。

26  幾春別神社裏手から病院と薬局の間の道を通っていたようです。

27  今はこのように道路になっているのですが、昔はししさんが高架になっていたと言ってましたね。
 どこまで高架だったのでしょう。

 線路跡はずっと残っていて、

28  立抗裏のホッパーにつながっていたようです。
 ちょっと起伏があるので、車で行けるところはここまで。
 そのホッパーは現在でもこのように残っております。(今年5月の写真です)

Photo   この辺りは何にもありませんね。
 きれいなもんです。

29  近くにある旧幾春別小学校。
 壊さずに残っていますね。

 そのうちここもなくなっていくんでしょうけど・・・

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北海道三笠市奔別・幾春別」カテゴリの記事

コメント

高架線路は幾春別駅の引っ込み線に入って、滝上町付近から新町の横を過ぎた辺りまでです。奔小へは、一枚目の写真が踏切で手前から登り踏切は頂上下りに今の三笠の杜となります。コンクリートの壁は無くて土盛りの高架で人間や車が登り下りしました。線路に五寸釘を置いて炭車に轢かせて遊びの刀を作りました、時効でしょうね。ご免ね。
痒い所に手が届く写真だよ。

投稿: ししちゃん | 2012年8月 9日 (木) 16時49分

ししさんへ

えっ?!
ちょっとよくわからないのですが、この道路に対して線路は橋ではなく、土が盛られていた?
じゃこの道路は、この線路を越えるとき、丘の上に踏切があって、車が通っていたということですか?

投稿: はな | 2012年8月 9日 (木) 20時24分

その通りです。神社下から滝の上町へは、下をくぐる道。写真の道は、登り下りの踏切です。本間病院(三笠の杜)の位置は低い湿地で七面鳥を飼っていた農家で、からかいながら登校しました。土地の高低は道路整備と共に変わっていると思います。何せ昭和二桁前半の生れの私が、小学三年生から中学卒業頃の話です。今から58年から59年前の話です。その後は旭ヶ丘町に転居しました。

投稿: ししちゃん | 2012年8月 9日 (木) 22時29分

ししさんへ

そうですか。
よくわかりました。
ありがとうございます。

投稿: はな | 2012年8月10日 (金) 06時43分

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