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2012年5月14日 (月)

遠い昔の川沿町を歩く

 こちらはその川沿桂町に続く橋げたです。

Photo  今回は草木がまだ大きくなっていないので、はっきりわかります。そしてこちらはこの橋の左側にあった集会所?お風呂跡地あたりです。

Photo_2  地形の起伏もはっきりわかるのだけど、果たしてこんな感じだったのか・・・記憶にありません。

Photo_3  そして橋の反対側がこちら、川沿町の坂道でございます。

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 土が押し流されたようになっていて、道がつぶれたような感じです。
 実はこの坂道の上にトラックが頻繁に出入りしています。この道もトラックの往来が激しいのですよ。
 ですからこの坂道は上っていけません。残念です。

4 5

 川沿町一帯です。
 雪がこうして残っているのです。よくぞこんな寒いところに住んでいたもんだと自分ながらにびっくりしております。

6  こちらは上の写真の奥、川端町の三叉路から降りてきたあたりの川沿町です。じっと見ているとなんとなくなごりがあるような気がする。
 スニーカーを履いていたら入っていけそうな気がする。

Photo_4  坂道から上の小学校方面、上川端町を見たところです。
 想い出はつきません。

 次回は鳥居沢あたりです。

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北海道三笠市奔別・幾春別」カテゴリの記事

コメント

私が川沿町に住んだのは昭和22年5月の幾春別大火で家が被災した時にお世話になった大西さん宅の二階です。
川端町から続く下り坂の根元を左に折れて直ぐの共同便所から最初の家のハモニカ長屋の二軒目でした。被災者の為の住宅が鳥居沢町の川を挟んで向かい側に曙町が出来るまでの半年間ぐらいでした。私の印象は野球場のすり鉢の底に、世話所や集会所やお風呂があった!そんな印象です。川の橋の方は視界が開けましたが。

投稿: sisi | 2012年5月14日 (月) 10時36分

sisiさんへ

sisiさん、川沿町にも住んでらしたのですか?
私の川沿町の印象は、「川に沿ってできた平地をちょっと広く均した」という印象です。
狭い土地を有効活用していたような、そんな印象しかないです。
川向こうは山肌に沿って家が建っているって感じでした。
橋より向こうは1回だけ両親ときのこを取りに行った覚えがあります。
それ以外は行った記憶がありません。
こんなところにたくさんの人がいたのですね~。

投稿: はな | 2012年5月14日 (月) 18時36分

共同浴場は通りの川側にありました。
楕円形の湯船でお湯と水の蛇口がついてました。子供が水で薄めると大人がすぐお湯を出してました。
大人は真っ黒い顔して入ってましたもんねぇ。
冬は外へ出るとタオルがカチンカチンに凍ったしね。

川沿の坂はなんともいえないね。
なんかむなしいよ。
ここに住んでたんだもんね。

ししさんも住んでたんですね。
共同便所の近くに。
時代は違うけど、おなじような所に住んでたのかも。

投稿: hokepie | 2012年5月16日 (水) 14時21分

hokepieさんへ

ししさんも住んでいたらしいですよ。
世の中狭いですね~。

お風呂は楕円形のお風呂が2つありましたね。
冬は外に出るのがホントに寒かった!!

今回坂は上れなかったのですよ。
また坂からみた川沿町は違った感じで見えたかも・・・
川沿町を3等分した1/3の部分に道路が走っているので、余計に狭く見えるのかも知れません。

投稿: はな | 2012年5月16日 (水) 20時05分

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