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2011年1月 4日 (火)

にゃんさん 奔別・幾春別を歩く

 新しい年を迎えて、今年も「秋色桜」をよろしくお願いいたします。

 その年明け早々のブログの記事は「奔別」です。

 昨年暮れにコメントを下さる「にゃん」さんが、12月の初めに奔別・幾春別に行かれたそうです。ご本人の了解を得て、写真をアップいたしました。

 私が訪れたのは春でしたが、12月のまた違った季節の奔別をお楽しみください。

 写真はすべて「にゃん」さんが撮られたものです。

_1  奔別への入口。幾春別の町。

 バスが通っている道ですね。奔別方向を見ています。

 私も半年前に同じ方向から写真を撮りました。半年しかたってないのでたいした変化はありません。

 ※3回目の幾春別へ

_2  こちらは新しい国道(旧幾春別駅)方向から見た奔別の立抗です。

 私が行った時も人がいなかったですが、ホントに閑散としています。

 みなさん、どこにいるのでしょう。寂しいですね。。。

 右側の白い雑貨屋さんは春に行った時は閉まっていました。「閉めたのかな・・・」と思っていましたが、お店はまだしているのですね。なぜかうれしいです。

_1_2 _2_2

 奔別への入口、月見坂です。右の赤い家はまだあるんですね~。

 そして繁栄していた奔別の街に続くこの坂。。。見ていると泣けてしまいます。

 この坂は立抗同様、奔別の象徴ですものね。。。

_1_3 _2_3

 月見坂を上がったところ、バス停があったロータリーのところです。

 左の写真はまっすぐ行くと中ノ沢方面へ、右に曲がると川端町の職員住宅がありました。右の写真は反対方向から見たところ、右の道路は月見坂へ降りる道、左の道路は小学校へ続く道です。

_5  この写真はそのロータリーから旭が丘?方面を見ているのだと思います。右に行くと中ノ沢方面。

 正面の赤い柵の道を上ったところが、ししさんが言ってた奔別炭鉱の事務所があったところだと思います。

 私はこの方面の写真を撮ってないので貴重な写真ですね。ししさん、よく見てくださいよ。

 当時この坂の上に何があったかなんて、私は全然覚えてないです。建物があった記憶もありません。

 ただこの坂の裏あたりに職員住宅があって、仲良くしていた同級生の弟さんがプールで亡くなりました。その子の家があったことは覚えています。

_3 _4

 左の写真は、ロータリーから奔別小学校へ上がる坂道。この上に小学校がありました。右の写真はその小学校沿いの道で、旧旧幾春別小学校側から奔別小学校を見た写真だと思います。

_6  旧旧幾春別小学校先にあった文房具屋さんらしき家です。

 ※旧旧幾春別小学校あたりを歩く

 「花ドロしないで下さい」・・・

 いつ書かれたものでしょう・・・

 いつ壊されても不思議ではないですが、少しでもこうして面影が残っているのはうれしいです。

 5月は草木が芽吹いて暖かい感じがしましたが、12月の雪が降る前の奔別は寒々として、また地に埋もれていくさびしい感じがします。

 

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北海道三笠市奔別・幾春別」カテゴリの記事

コメント

※「正面の赤い柵の道を上ったところが、ししさんが言ってた奔別炭鉱の事務所があったところだと思います。」(はなさんの文章引用)※そうなんです。そこは旭が丘町と言いまして、炭鉱事務所や鉱員の入鉱口・集会所・変電所・巻き上げ機・浴場等が有りました。私が天皇様(美智子様)の婚礼パレードTV中継を見たのは此処の集会所の白黒TVで人山になって見ました。‐1959年(昭和34年)‐の話です。立て坑が出来て施設の殆どは坂の下現在地に移り寂しくなりましたが。

投稿: ししさん | 2011年1月 4日 (火) 15時40分

ししさん こんにちは。

ブログ見て下さいましたか。
私はあの坂の上に家があったかなんて、全然覚えてないのですよ。
だいたい坂があったことすら覚えてないのです。
立抗ができる前の中心は旭が丘町だったということですね。
立抗ができて、中心は立抗近辺になったということでしょうが、事務所を移した後、旭が丘はどうなったのでしょう?
職員住宅になったのですか?

投稿: はな | 2011年1月 4日 (火) 16時25分

※鉱員住宅は残りました。旭が丘の裏坂を下ると生協に出ました。(橋の袂)1960年(昭和35年)縦坑完成です。その年から、親元を去り現在地で仕事をするように成った私です。親達は同地縮小に伴い本沢町(奔別の一番奥地)に移りました。昭和42年ガス爆発・昭和46年閉山となります。年に2度程しか縦坑も見れなくなりました。旭が丘町は下川端は崖下で、上川端は眼下でした。川端町は管理職や鉱員でも指導的立場の上司が住む街と子供ながらに尊敬してました。3歳から短大卒まで育ててくれた想い出深い街です。

投稿: ししさん | 2011年1月 5日 (水) 11時13分

ししさんへ

職員住宅はあったのですね。
う~ん・・・全然覚えがないです。
上がっていく坂すら覚えてないです。
でも他の方のブログに「巻き上げ機」とか「変電所」とか載せられているのでどこにあるのかなって思ってました。
徳島にお住まいの山下アキラさんもお正月に奔別・幾春別に行かれたようですよ。
思い出多い地、なるべくたくさんの方が行ってほしいと思います。

投稿: はな | 2011年1月 5日 (水) 15時48分

※私の奔別時代は、職員とは汚れない奇麗な仕事をしている管理職や事務職で頭脳労働者のおじさん達。住宅も精々二戸続きや一戸建てで間取りも広くて偉い人で、高等教育・専門学校卒の方々と想ってました。

※鉱員(砿・礦員)は、いわゆるハモニカ長屋に住み油や炭塵で真っ黒になって働く人たちと区別してました。かって炭鉱は流れ者や前歴不明の方も?戦後復興や炭鉱景気で集まって来ましたから?私の偏見かもね。戦前の幾春別小学校入学で体育館朝会で、扉の中の天皇陛下の御影に頭を下げた経験が言わせるのでしょう。

投稿: ししさん | 2011年1月 8日 (土) 11時42分

ししさん こんばんは。

そういえば「幸せの黄色いハンカチ」の高倉健さんも網走出所でしたね。
でも昭和46年に閉山して、坑員だけでなく職員も職を追われる立場だったのですからいっしょですよ。
子供の頃は、職員の子だろうが、坑員の子だろうがみんないっしょに遊んでいたのですから。
「管理職や事務職で頭脳労働者のおじさん達」すべてが幸福な生活送っていたわけじゃないと思いますよ。
「ハモニカ長屋に住み油や炭塵で真っ黒になって働く人たち」の方が家族が団結してかえって幸せな暮らししていたかもしれません。
1人でいると誰かが声かけてくれたり、お菓子をくれたり昭和のいい時代でした。

投稿: はな | 2011年1月 8日 (土) 22時17分

はじめまして。突然の書き込み失礼します。
私は昭和54年生まれ。10歳まで幾春別に住んでました。今は静岡に住んでます。
20年近く幾春別から離れていたので、この写真をみたら、小さな頃の思い出がよみがえりました。父は幾春別育ちですので、昔の旧旧幾春別小学校を卒業しているので、小さな私を連れて時々、車で見に行ったりした記憶があります。
 また写真など、載せて下さい。
春が来たら幾春別に行ってみようかなって思いました。

投稿: さとえ | 2011年11月20日 (日) 19時21分

さとえさん、初めまして。

偶然ですね!!
ちょうど奔別に行ってきたのですよ。
幾春別、写真撮って来ましたよ~!
旧旧幾春別小学校辺りも撮ってきましたよ~!
順次載せていきますからご覧下さい。

幾春別のどのあたりに住んでいたのでしょう?
撮った写真の中に住んでらしたとこが写っているといいですね!

そうですね。
行かれるのは春がいいと思います。
この時期は人がいないし、寒いし、もの悲しくなります。
コメントありがとうございます。

投稿: はな | 2011年11月20日 (日) 19時50分

さとえさん、初めまして。
はなさん、ご無沙汰してます。やっと幾春別や奔別の文字に出会えて「嬉しいです」
昭和64年頃まで「さとえさん」が居たのですか?当時はまだ元気だったし、賑やかで皆んな生き生きして、盆踊りや祭りの出店や神社や幾春別劇場に笑いが一杯溢れていた頃ですね。はなさんの今回の三笠高校の体育館の丸屋根が残っていますね。清住や唐松は懐かしい地名です。写真はいろいろ想い出を深めてくれます。勿論、各々の地に高校の同級生の家が在りますから遊びに行ったりしました・・の続きが楽しみです。

投稿: ししちゃん | 2011年11月21日 (月) 09時32分

ししさん、こんにちは。

ごぶさたしてます。
そうなんですよ。
奔別に行ってきましたよ。
また順を追ってアップします。
ご覧下さい。

投稿: はな | 2011年11月21日 (月) 12時20分

西暦と昭和が変ですよね。昭和64年は、平成元年ですから。斜陽化が進み?幾春別小学校も旧新町の炭鉱住宅の跡に新築した校舎の話でしょうね。私の家は山の付根の傍でしたから、崖を登って遊びました。

投稿: | 2011年11月21日 (月) 17時43分

上のコメントはししさんですか?(o^-^o)

そうですね。
幾春別小学校だけで3ヶ所移転しているのですね。
そしてもう、幾春別小学校はありません。
寂しい限りです。

投稿: はな | 2011年11月22日 (火) 19時18分

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