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2010年11月 1日 (月)

信長によせて カリスマの最期

 ここは京都。

 織田信長の終焉の地。

 戦国時代を大きく変えた本能寺の変。

 歴史上では明智光秀が首謀とされているが、私は黒幕が存在したと思っている。

 光秀はなぜ謀反を起こしたのか。信長に仕えた家臣が次々に追放されいずれわが身と思ったとしても、クーデターを起こすほど自分に権力があると思っただろうか。光秀が野望を持ったとしても天下をとった後、どれだけの家臣が自分に従えてくれるか、光秀ほどの切れ者が計算しないわけはないだろう。

 私は朝廷や幕府の権力者がかかわり、そこに秀吉がからんでいたんじゃないかと思う。本能寺の変後、一番名誉も富みも得たのは秀吉であり、何かしらの陰謀があったとしたら、裏から糸を引いていたのが秀吉だった可能性は多いにありそうに思える。

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 いずれにしても信長はこの本能寺から忽然と姿を消したのです。

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 今の本能寺は市役所の前にあるが、当時はここから南西方向の本能寺小学校跡地あたりにあったと言う。といってもそのあたり一帯の膨大な敷地が本能寺だったのだろう。

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 信長の廟所です。

 津本陽の「本能寺の変」を読むと、当時本能寺には地下があって硝煙蔵があって、そこに本能寺の変が起こり、火薬に火がつき書院ともども信長は砕け散った。だから遺骨が見つからなかったと書いてあった。

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 私もそんな気がする。

 ここで手を合わせても感極まるものはありません。

 ここの宝物殿に本能寺の変前夜に危険を知らせるために突然鳴いたと言う「三足の蛙」の香炉も見てきました。

 

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