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2009年10月22日 (木)

信長によせて 鉄砲隊大活躍

Dscn1741  2つの川、寒狭川と宇連川が合流する断崖絶壁に長篠城がありました。今は宇連ダムの影響で水量は少ないけど、当時は合流する地点である城の下では、渦を巻いた豊富な水が流れていたと言います。

 本丸跡にはJR飯田線が敷地内を横切って走っており、りっぱな堀が今でも残っています。

Dscn1742  この城を廻る争いから信長・家康連合軍と武田軍の戦いへと発展することになります。

 設楽原の戦いです。長篠城のろう城と合わせて長篠の戦いと言われています。

Dscn1730  鉄砲隊の3段打ちを使用した歴史的な戦いです。連合軍3万8000に対し、織田軍1万5000の兵士がいたと言うけれど、行ってみてちょっとびっくりしました。合戦をした所にしては狭い。

 こんなところで5万の兵士が合戦をしたのだろうかと思います。

Dscn1732  この川が連吾川。

 この川を挟んで左に連合軍が陣地を取り、ここに馬防柵を構えて3段鉄砲をした話ですが、3万以上の人間がいたら身動きが取れないのではないだろうかと思います。

Dscn1744  馬防柵で鉄砲を構えている連合軍に突撃するという、自殺的行為を繰り返した勝頼のプライドがこの戦いの敗因だと思えてきます。

 

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