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2009年6月13日 (土)

信長によせて 再び信長の夢の跡

                                                     Ootemichi  数年前、まだ拝観料を取らない頃訪れたときは人影もまばらでしたが、今回思ったこと。平日なのに若い女の人がいる。それもスニーカーではなく、革靴やサンダルで上っていくんですよ。戦国武将ブームだから?

 大手口あたりの発掘調査で、大手門あたりがきれいに整備されました。標識や案内板も増えたと思います。

 直線180mある石段の先には豪華絢爛な天守がそびえていたのですよ・・・

Ootemichi2  観音寺山方面を見ると水田が広がっています。当時は琵琶湖の湖水が山麓まで広がり、堂々たるお城が天下布武の象徴であったことは間違いないように思います。

 大手道の両脇には秀吉・利家・家康などの家臣の屋敷がありました。

Kurogenemon  ここは黒金門。お城の要塞の要となったところです。

Nobunaga  そして二の丸のうっそうと茂った木々の中にある信長の廟所。太刀、烏帽子、直垂などが収められていると言うけど遺骨はありません。

 でも案外信長はここにいて、近年多く訪れる人々を「おぉ~よく来た。よく来た。」と笑いながら見守っているのかもしれません。

Tennshu  天守入口は吊り上げ式扉だったと言われています。

Panorama  そして天守から見たこの風景。

 当時はすべて湖だったそうな・・・400年あまりの間にこれだけ開墾が進んでいます。時代の流れを感じます・・・

Sanjyunotou  そして摠見寺跡に残る三重塔。建立は安土城より古く、焼き討ちを免れた唯一の安土城を知る塔です。

 これから400年経ったらここはどうなっているのでしょうね・・・

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