残念です
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数年前、まだ拝観料を取らない頃訪れたときは人影もまばらでしたが、今回思ったこと。平日なのに若い女の人がいる。それもスニーカーではなく、革靴やサンダルで上っていくんですよ。戦国武将ブームだから?
大手口あたりの発掘調査で、大手門あたりがきれいに整備されました。標識や案内板も増えたと思います。
直線180mある石段の先には豪華絢爛な天守がそびえていたのですよ・・・
観音寺山方面を見ると水田が広がっています。当時は琵琶湖の湖水が山麓まで広がり、堂々たるお城が天下布武の象徴であったことは間違いないように思います。
大手道の両脇には秀吉・利家・家康などの家臣の屋敷がありました。
そして二の丸のうっそうと茂った木々の中にある信長の廟所。太刀、烏帽子、直垂などが収められていると言うけど遺骨はありません。
でも案外信長はここにいて、近年多く訪れる人々を「おぉ~よく来た。よく来た。」と笑いながら見守っているのかもしれません。
当時はすべて湖だったそうな・・・400年あまりの間にこれだけ開墾が進んでいます。時代の流れを感じます・・・
そして摠見寺跡に残る三重塔。建立は安土城より古く、焼き討ちを免れた唯一の安土城を知る塔です。
これから400年経ったらここはどうなっているのでしょうね・・・
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近江八幡まで行ったのなら、私が行かないわけがない安土城址。
ここは安土城址に近い「信長の館」。スペイン、セビリアの万博に展示したという安土城の5階、6階天守閣の実物大の復元があります。
原寸大だけあって迫力があります。
金沢金箔を10万枚、上塗り用の漆150kgを使用したという天守は豪華絢爛で、鯱や龍をあしらったと言う障壁画は信長の偉大さを現しているように見えます。
もしこれが当時と合い変わらなかったら、信長の権力を象徴するのにふさわしい建築だったですね・・・
これほどまでの天守がわずか3年足らずで灰になってしまったのだから、運命を象徴しているようにも思えます。
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近江八幡の街中を歩いてみると、八幡商人の息吹きにふれます。
前方に八幡山を見渡す新町通り。古い商家街が軒を連ね、歴史の重みを感じます。
市立資料館前にある旧伴家住宅。中に入るとりっぱな太い梁が並んでいて圧倒されます。また隣には旧西川家住宅があり、商人の生活を感じることができます。
八幡掘りの近くにある白雲館。近江商人たちが子ども達の教育の充実を図るため、ほとんどが寄付で賄われていたという旧八幡東学校です。
八幡山の裾野にある、日牟礼八幡宮。千有余年の歴史を誇る近江八幡の総社。山門の彫りの彫刻に圧倒されます。
近くに「クラブハリエ」のお店もあります。前日にテレビで紹介されたせいかも知れませんが、お客さんの車でいっぱい!!みなさんバームクーヘン買ってましたよ。
カレーのお店です。印度カレーと欧風カレーがあります。お店の売りは印度カレーのダルポーク。辛さは5段階で3でもかなり辛いようです。
私は勇気がなくて、欧風カレーの野菜ポークにしました。それでも辛口の方です。
明るいお店のママさんが「食べれますか?」
「このくらいならだいじょうぶです。せっかく来たのだから印度カレーにすればよかったです。」
「どこから見えたんですか?」
「愛知県です。」
「えっ!愛知県!?こんなところまで食べに来なくても愛知県には有名なCoCo壱番屋があるじゃないですか?」
確かにね。CoCo壱番屋おいしいけどね。。。
なかなかおもしろいママさんでした。
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国の伝統的建造物群保存地区に指定されているだけあって、堀の周辺には、蔵や築100年以上はするようなりっぱなお宅が建ち並んでいます。
映画のロケに使用されるような白壁土蔵の古い町並みが堀の景観とマッチしてとてもいい雰囲気です。
八幡掘りの周りには『かわらミュージアム』もあり初夏の花、菖蒲がきれいに咲いて、カメラマンの撮影スポットになっていました。
のんびり歩いていると時間を忘れてしまいそうです。「いいなぁ・・・こんなところが地元にあって・・・」
ただちょっと残念だったのは水が濁って汚かったこと。浄化されないのでしょうか・・・
もっと水がきれいだったら、周りの景観も最高だっただろうに・・・と思います。
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