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2009年4月 1日 (水)

信長によせて 次元で生きているお屋形様

 ここは岩倉市神明生田神社境内。

Iwakura  「贈従三位山内一豊生誕地碑」と書かれた石碑が巨木の間にたたずんでいます。

 これより北西の黒田城近くの法蓮寺にも一豊生誕地の碑があり2説あるようです。

 ここより南の五條川近くに岩倉城跡があり、一豊が15歳の時、織田信長は織田信賢の岩倉城を落とし、尾張を統一しました。これにより父盛豊は自刀し、幼い一豊は母とともに諸所を転々とする羽目になりました。

Komyougatuzi  平成18年に放映された大河ドラマ「功名が辻」の記念碑がこの近くにあります。

 以前ここに来たときは、この大河ドラマが始まった時だったので、かれこれ3年になります。

 一豊は父の敵、信長との強烈な出会いによって臣下になるわけですが、信長、秀吉、家康と主を変えながら、戦国時代を生き抜き、土佐一国の大名と言う地位につくその影には、妻のお千代さんの助けがあったからだと言われてますね。

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織田信長」カテゴリの記事

コメント

悲しいかな知識がない。
“次元で生きてる御屋形様”?ここをもう少し砕いてください。

投稿: くらんぽん | 2009年4月 1日 (水) 23時27分

飛躍し過ぎちゃいましたか。すみません。
一豊にとって信長は父の敵です。
なぜ信長の臣下になったかよくわからないのですが、桶狭間の戦いの時頃から一豊は信長に使えています。
父の敵の臣下になるのは、それなりに理由があるかいずれ仇を討とうと思ったか・・・
常識や前例に縛られない信長は、普通の人間にとっては異様に見えるでしょうね。
一豊も同じだと思います。
それがいつの間にか臣下になっている。
そこに信長への崇拝というか、魅力があったのだと信じたいです。
「功名が辻」では桶狭間の戦いのときに仇討ちをしようと狙っていたが、信長の容姿風貌に圧倒された一豊は、信長が神の化身に見えたと言ってました。
それだけ彼は革命児的な人であったのだと思います。

投稿: はな | 2009年4月 2日 (木) 21時34分

やはり信長は、大将となる人だったんですね。

投稿: くらんぽん | 2009年4月 5日 (日) 21時33分

戦国時代で海外に目を向けていたのは
信長以外いなかったでしょうね。
宗教や常識にこだわらない精神は、
当時としては異常で桁外れの人間
だったでしょうね。
魅力はとてもあるけれど、ついて行く
人にとってはとてもしんどいことだった
かもしれません。

投稿: はな | 2009年4月 6日 (月) 12時32分

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