信長によせて 凛とした空気が流れる崇福寺
メモリアルセンターの近くにあります。岐阜公園から長良川を渡って5分もかかりません。
中には信長が愛用した櫓時計、信長の画像、信長が岐阜に入った時にこの寺を保護した(菩提寺にした)という信長直筆の禁制書、そして本能寺の変後、側室だったお鍋の方が密かに信長との信忠の遺品を廟所に埋めたというお鍋の方の手紙(折り紙)があります。
石牌は位牌形で、一つの石牌を左右半分づつに分けて向かって右側が信長、左側が信忠の法名が刻まれています。
総見院殿贈一品大相圀泰岩大居士 覚霊 (信長)
大雲院殿三品羽林高岩大禅定門 神儀 (信忠)
右側には、4m四方の格子塀に囲まれた位牌堂があり、土壇の上に宝形胴葺根木造彩色の小堂に父子の位牌が安置されています。
また本堂の血天井は、信長の孫織田秀信が関ヶ原の戦いで落城した岐阜城の床板で、今でも血痕が付着しているのが見られます。
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