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2008年11月25日 (火)

信長によせて 埋もれた都一乗谷

 福井の足羽川に沿って進むと一乗谷朝倉氏遺跡資料館があります。

 「一乗谷の地形模型や朝倉館の模型が展示されているので、まずここを見てから一乗谷に行くといいよ。」と教わったので寄ってみました。平日なのか人の出入りがありません。館内は貸切状態です。

 一乗谷川に沿って南下すると防護用の城門、下城戸が見えてきました。この先に戦国時代の大規模な城下町がありました。朝倉義景は京文化を取り入れ、一乗谷に一大都市を築き上げます。

 しかし義景は信長に敗れ町は焼かれ、都さながらのこの町は原型のまま土に埋もれていきました。

Asakura  その遺跡が発掘調査により復元され、かつてこの地に寺院や武家屋敷、商人が行き来していた華やかな城下町が思い浮かびます。

 北陸の山間のこの地に栄華を極めた義景は、諸国の武将を従えようとする信長と対立し、4年にも及ぶ戦いの末、一族の寝返りもあって越前大野で自刀しました。

Asakura1  広大な朝倉館跡、義景の菩提を弔うため建てられたという松雲院唐門、義景が側室小少将のために造ったという「諏訪館跡庭園」、復元された町並みを歩いていると一夜にして滅んだという栄華ある町の人々の無情を感じ胸が熱くなります。

 上城戸跡を後にした時、中世の町の人々が見送ってくれるような気がしました。

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織田信長」カテゴリの記事

コメント

はなさん こんばんわ!
“上城戸跡を後にした時、中世の町の人々が見送ってくれるような気がしました。”
非常な戦禍で滅ばざるを得なかった義景の都の人々の情念が、当時に思いを馳せ訪ねてくれる人を待っていたのかもしれませんね。
火山に埋もれたボンベイの街並みのように日本にそんな都があったとは!!
深い歴史、いえ花さんの語りに心を惹かれます。
 

投稿: くらんぽん | 2008年11月26日 (水) 22時11分

追伸
非常ではなく、非情です。

投稿: くらんぽん | 2008年11月26日 (水) 22時12分

くらんぽんさん こんばんは~♪

こうしてみると信長はホントにひどいことをしていますね。
「邪魔になれば容赦なく排除するに徹しうる性格」と作家の津本陽さんも言ってますが、ホントにそのとおりです。

一乗谷は国の特別史跡に指定されているので、周辺に近代的な建物とかがないのです。
それがよけいに空想が導かれるのでしょうね。
いいところでしたよ。

投稿: はな | 2008年11月26日 (水) 22時51分

“鳴かぬなら殺してしまえ・・・”確か信長の気性を例えた逸話、『現代では、生きてはいけない』と、思えてきました。

投稿: くらんぽん | 2008年11月28日 (金) 12時18分

そうなんですよ・・・

信長は短気で激しい気性の持ち主でした。
正に信長の性格を現した句ですよね。

とても攻撃性のある人間だったと思いますが、立ちふさがる者に対して普通はなるべく自分に害がないように避けるじゃないですか。
戦国武将みんながそうだったとは思いませんが、信長は逃げないで排除していくんですよね。
今の時代には考えられませんが・・・
そういう強烈な魅力がある人です。

投稿: はな | 2008年11月28日 (金) 12時49分

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