やさしい紅葉
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師走に近い諏訪湖は寒いです・・・
湖に打つ波は白く、風があるので寒さが肌に突き刺さる感じです。
それでも釣りをしている人がたくさんいました。冬場はワカサギが有名ですが、今は何が釣れるのでしょう・・・
「寒い。寒い。」と言いながら写真を一枚。
と、よく見ると右手に富士山が見えるじゃないですか!!
雪をかぶった富士山です。諏訪湖から富士山が見えるんですね・・・なんかうれしくなっちゃいました。
諏訪湖を後にして辰野のあたりで雑誌に紹介されていたお蕎麦屋さんに入ったのですが、思っていた味と違っていてちょっと残念でした。
ここは箕輪町にある箕輪ダム。周辺に1万本のモミジが植栽されてきれいだと聞いてやってきたのですがすでに遅しです。
なんと言う山でしょうね・・・
これから冬の到来です。
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高速で3時間余り、下諏訪にある諏訪大社です。
諏訪大社は諏訪湖の南側に上社(かみしゃ)、北側に下社(しもしゃ)春宮・秋宮の2宮があり、計4つの宮から形作られています。
訪れた諏訪大社下社は主祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)、八坂刀売命(やさかとめのみこと) で建御名方神の妃だそうです。
胴ぐらいある綱が掲げられています。
屋根は切妻で壁の彫刻の彫が立派です。
こちらは春宮幣拝殿。こちらも国の重要文化財に指定されています。
作りが秋宮と同じようなので一瞬見た感じでは区別がつきません。
春宮下馬橋、太鼓橋とも言われています。春宮参道前にあり室町時代の建立といわれています。
元文年間(1730年代)に改修され、下社では最も古い建物だそうです。
こちらは全く観光客はいませんでした。
ゆっくりと流れる時間は静寂さを包み込んでいる気がしました。
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昨日は職場のミニドックでした。
大手病院で行われたのですが、あちこちの企業からたくさんの方が来てました。私たちは朝早かったので各検査もスムーズに流れ、1時間ぐらいで終りました。帰る時には各検査の待合室は10人は並んでいたと思います。
胃の検査のバリウムは、年々改良されるのか飲みやすくなりましたね。以前はイチゴ味だとかフルーツの味がしましたが、ここ数年ヨーグルト味で冷やしてあるので割とすんなり飲めます。
私は毎年胃カメラを飲んでいます。バリウムを飲むとどうもちょっと影が映るようなんです。カメラを飲んで検査しても一応いつも「異常なし」と言うことで、やれやれと想うのですが、この時期になると飲まなくてはいけないと思うと自然に胃が痛くなります。が、去年はバリウムを飲む検査場所をここに変えたので「所見なし」で胃カメラを飲まずに済みました。今年はどうなりますか・・・
それから私はど~しても注射器が嫌いです。(子どものようなことを言ってますが・・)採血になると自然と血管が沈んで看護師さんが苦労するんですよ。以前1ヶ月以上入院していた頃、終りの頃なんて注射器を刺して中でグリグリと血管を捜すんですよ。もう怒れちゃって「いやだ!」と言ったら注射のうまい看護師さんが飛んできて一発で刺してくれました。「最初からそうしてほしいわ・・・」と思いました。それから採血する看護師さんを見ると『笑顔の吸血鬼』と思ってます。
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福井の足羽川に沿って進むと一乗谷朝倉氏遺跡資料館があります。
「一乗谷の地形模型や朝倉館の模型が展示されているので、まずここを見てから一乗谷に行くといいよ。」と教わったので寄ってみました。平日なのか人の出入りがありません。館内は貸切状態です。
一乗谷川に沿って南下すると防護用の城門、下城戸が見えてきました。この先に戦国時代の大規模な城下町がありました。朝倉義景は京文化を取り入れ、一乗谷に一大都市を築き上げます。
しかし義景は信長に敗れ町は焼かれ、都さながらのこの町は原型のまま土に埋もれていきました。
その遺跡が発掘調査により復元され、かつてこの地に寺院や武家屋敷、商人が行き来していた華やかな城下町が思い浮かびます。
北陸の山間のこの地に栄華を極めた義景は、諸国の武将を従えようとする信長と対立し、4年にも及ぶ戦いの末、一族の寝返りもあって越前大野で自刀しました。
広大な朝倉館跡、義景の菩提を弔うため建てられたという松雲院唐門、義景が側室小少将のために造ったという「諏訪館跡庭園」、復元された町並みを歩いていると一夜にして滅んだという栄華ある町の人々の無情を感じ胸が熱くなります。
上城戸跡を後にした時、中世の町の人々が見送ってくれるような気がしました。
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昔金沢に「禁煙室」という喫茶店がありました。「禁煙室」と言っても禁煙ではなく、普通の喫茶店です。
チェーン店で私が覚えているだけでも、4ヶ所はあったと思います。一番好きだったのは竪町の禁煙室でした。
サイホォンでコーヒーを入れてくれるのです。
今はもうないのですが、先日東山に行ったとき、浅野川の橋のふもとに「禁煙室」があるではありませんか!
薄汚れて入るには勇気がなかったですが、涙が出るほどうれしかったです。
香林坊に遊びに行ったときも、雪の日にバスを待つときも、みんなでワイワイ、ガヤガヤ・・・市街地に出ると必ず寄りました。
このころからでしょうね。私のコーヒー好きは・・・
学生時代のなつかしい思い出です。
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信長に一番近い歴史上の女性は、異母妹のお市の方でしょう。
彼女は2度結婚しています。その最初の結婚相手が浅井長政です。
政略結婚ではありましたが、美男美女で3人のお子さんに恵まれた方です。
そのお市の方が暮らした小谷城。北陸線からでもその城址の山を見ることができます。
滋賀県の湖北町にある小谷山ののどかな麓から車で番所跡前まで行き、本丸があったというところまで歩いてみました。尾根づたいの道は思った以上に歩きやすかったです。本丸下の千畳敷はかなり広い平坦地で、ここに御殿がありました。今は桜がたくさん植えられ、桜の名所になっているようです。
お市の方らは麓の清水谷と言うところで暮らしました。うっそうと茂った杉の木の中に石碑だけがたたずんでいます。こんなところにお屋敷があったのだろうか・・・と言うくらい杉の木は自然に生えています。それがよけいに寂しく浅井一族の悲劇が思い浮かびます。
深い谷を持つ山城は3年もの間、信長の前に立ちはだかりました。
浅井一族の小谷城における平穏な日々は、信長の朝倉氏への攻撃によって一変し、朝倉側についた浅井長政は絶望の淵に追い詰められ、自ら命を絶ちました。
桜馬場に朝倉氏と家臣の供養塔が建ち、一族の魂を慰めるかのように春になると桜が満開に咲くそうです。
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豊田市小原にある四季桜を見に行ってきました。よい天気に恵まれ、平日ですが大勢の方が見に来ていました。
私たちが着いたときは10時過ぎで道中もまだ混んではなかったですが、ひとまわりして来ると駐車場はいっぱいでした。
ここは川見薬師寺。
「川見の薬師さん」と呼ばれ親しまれている真言宗高野山派の古刹です。本堂に安置されている室町時代後期に作られた寄木造りの薬師如来像と境内にたたずむ江戸時代の灯籠2基は指定文化財です。
この階段下から右側に山へ上る遊歩道があります。かなり急ですが、息をきらして上ってみました。
すごい!!圧巻です。お天気がいいので紅葉も四季桜もとてもきれいに輝いている感じです。山の空気が澄んでいて爽快な気分にさせてくれます。
山全体の木を切り倒して四季桜を植えたようです。あと5、6年したらとても見ごたえがあるすばらしい場所になるでしょう。
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今年はもう行く機会がない飯田市。今年は1回しか行けなかったです。市内の紅葉もだいぶ進んでいるんでしょうね・・・
と言うことで去年の11月末に行った写真をアップします。
まずは恒例の飯田市役所前のケヤキ。飯田に行くと必ずこの写真をとります。と言っても市役所の前に駐車場があり、ここに止めて歩くからですけど・・・
市役所近くにある愛宕神社の紅葉です。この時は11月末だったので、だいぶ落葉が進んでいました。
平日だったので人気がなく、歩くと「ガサガサ」と音がして雰囲気がとってもよかったです。
そして、りんご並木。石畳がいい雰囲気です。ここは整備されとてもきれいな街です。並木で作られているりんごは市内の中学生が管理しているそうですね。
飯田長姫高校近くにある矢高中央公園。テニスコートと公園の間にあるイチョウの木がとてもきれいなんですよ。
今年はどうでしょう・・・
151号線を南下した所にある開善寺。この山門は室町時代に建てられ、国指定の重要文化財です。りっぱな山門です。
お寺の庭園の紅葉もだいぶ葉が落ちていましたが、この山門から眺めた景色はとても風情があります。
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おとといの新聞にデイブ平尾さんが亡くなったと書いてありました。
昔、ゴールデンカップスと言うグループサンズがいてそのメンバーでした。
「長い髪の少女」とてもいい曲でした。
長い髪の少女孤独な瞳
うしろ姿悲しい恋の終り
どうぞ僕だけに心をうちあけて
どうぞ聞かせてね愛の物語
雨によごれた町であなたはひとり
なくした恋なのに影をさがす
きっとあの人は忘れたいのさ
甘いくちづけとやさしい言葉
長い髪の少女涙にぬれた
たそがれの中で誰をさがす
つらい恋だからあなたは祈る
つらい恋だから愛の物語
ご冥福をお祈り致します。
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昨日のことです。
買い物に出かけようとして、家の近くのT字路を幹線から左折したらいきなり「ドカン!」と言う音がして右側に押されました。
一瞬何があったかわからず、次の瞬間「えっ!人なんかいなかったよね。」「物なんか落ちてなかったよね。」と思いをめぐらし、ルームミラーを見ると左に止まっていた車が少し前に出ています。
「え~!!」・・・
降りて見ると車の左側の真ん中から下がかなりへこんで塗装が落ちています。
ドアが閉まるのですが、少し浮いて半ドア状態です。
相手は左側のバンパーのカバーが落ちていました。
このT字路にある会社の従業員の方で、地元なのでみなさん顔見知りです。
「ちゃんとウィンカー出して曲がりましたよ。」「すみません。確認しないで発進しました。」・・・警察の調書も私には何も聞かれませんでした。
保険屋さんが来てくれて、相手の方と話したり代車の手続きやをしてくれました。
「相手の方は発進の指示器も出してなかったですよ。避けようがなかったです。」「発進する所にしてはひどい傷だね。」・・・
車は入院することになっちゃいました。
私が一番ショックだったのは買ってまる2年の車ですが、傷もつけず大事に乗っていました。無傷の車です。それがこんなひどい傷をつけちゃって・・・
しばし落ち込んで人と話もしたくなかったです。
でも怪我がなくてよかったでした。
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「欄干のない橋を見たい。」「金目鯛の煮付けが食べたい。」・・・
と言うことで先日行ってきました。静岡県。
島田市にある蓬莱橋です。大井川にかかるこの橋は「世界一長い木造歩道橋」(897.4m)としてギネスに認定されています。
去年の台風4号によって流され、一部被災していた橋が復旧され開通できるようになっていました。
行けども行けども先は見えず、川の真ん中あたりまで行くと、何ともいえない雄大な気分になります。
御前崎ケープパークから水平線を眺めると、「地球がまあるく見えます」と書いてあります。
でよく見ると、雄大な海が曲線の弧になっています。すごい!!感動です!!
お昼にいただいた金目鯛の煮付けはとてもおいしかったです。こんなおいしい金目鯛の煮付けは、他では食べられないような気がします。
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ここは名古屋城。
信長の天下統一はこの名古屋の地から始まりました。
現在の名古屋城は戦後に復元されたものです。信長が育った「那古野城」は現在の二の丸付近にあり、石碑がひっそりと建っています。
若き信長はここの城主にもなりました。
名古屋城=徳川家当主の城。信長の面影はこの城にはありません。那古野城は生まれた城のみで、信長にとって尾張とはあまり愛着がなかった土地なのかもしれません。
しかし、信長の天下統一はこの地が大きな土台になったことは言うまでもありません。
若き戦も知らない青年が有力な武将になっていく、風雲児の面影は今の世にもしっかり残っています。
桶狭間の合戦に出陣する際、信長はここで勝利への祈願をしたと言います。樹齢1000年を超える木々の間の参道を歩きながら、合戦の勝利を確信していたのでしょうか・・・
いろいろな情報を集め探り、四方八方に手を尽くした信長の思案が今川義元の油断を誘ったのだと思います。
ごく少数な兵だけでの「棚からぼた餅」的な勝利でしたが、信長自身あらゆる思案をつくし、的確な決断力で運まで味方につけての勝利でした。
熱田神宮の中にはその勝利を祝って寄贈した「信長塀」が今も残っています。
この戦いから20数年後、人生50年、人生夢幻と舞った風雲児は、自らの姿かたちも残さずこの世から消えていきました。
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