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2008年10月11日 (土)

安土城

 午後から風が出てきました。肌寒いです。

 名古屋では明日の最低温度が11℃と言ってました。

 寒い・・・明日は朝から仕事なのに起きれるだろうか・・・やだやだ・・・

 私は織田信長が好きです。

 先日、ある方の安土城を書かれているブログを拝見しました。

Azuchi_5   

 私が信長に関心を持つようになって初めて訪れたのが安土城でした。

 今は拝観料を取るようですが、私が訪れた頃は自由に登ることができました。
 

 あの直線的な石段を上りながら、かつての壮麗な安土城の姿を思い浮かべると信長のこのお城にかけた「天下布武」の意気込みが伝わってきます。

 眼下に見える琵琶湖を金箔の天主から眺め、湖を渡る風を感じながら何を思ったのでしょう・・・
 

 発掘調査により安土城が徐々に姿を現し、真実が解明されていくことは喜ばしいことですが、観光客が増えるのは複雑な思いです。

 調査を行うために拝観料を取るのはしかたがないことかもしれませんね。

 あの信長も拝観料を取って安土城を解放し、自由に見学させていたとと言うことですから、たくさんの観光客が来ることも信長らしいかも・・・

Azuchi2

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織田信長」カテゴリの記事

コメント

信長も、金箔張りの天守閣を作ったのですか?
自分の記憶では信長は『質実剛健』を旨とし、革新的な方だと思っていました。

信長、秀吉、家康の3人なら、武将として絶対信長ですね。

切れ者の信長が、どうして明智光秀の造反を見抜けなかったのでしょう?
歴史は苦手、でも、関心ありです。

投稿: くらんぽん | 2008年10月12日 (日) 15時45分

くらんぽんさん こんばんは。

安土城の天主は簡素な作りだったようですが、装飾の壁画は豪華絢爛、信長の英雄にふさわしい天主だったそうですよ。
それだけ天下布武の集大成に賭ける信長の象徴だったのですよね。
大手門の石段は直線で180mあり、世間に見せるためあえて直線にしたそうですよ。
信長は時代に新しい風を取り入れ、近世の扉を開いたパイオニアでした。
なぜ、光秀の謀反を見破れなかったのか・・・
彼に対する信頼が厚かったは思うのですが、私は第3者が影で糸を引き、光秀も被害者であったと思います。

投稿: はな | 2008年10月12日 (日) 20時59分

「陰に第三者あり」は、大いに納得です。

国力も品位も落ちてきているといわれる現代の日本、信長も光秀も現在の日本に生きていたら、どんなふうに生きたか?日本を動かしたか?

長い直線的な石段を構築した信長、そして、3日天下で果てた光秀の手腕が見たいです。
日ごろは考えないのですが、お花大好きさんのブログでそんなことを感じます。

投稿: くらんぽん | 2008年10月16日 (木) 06時52分

くらんぽんさん おはようございます~!

現代社会に信長のような人がいたら、「非国民」だとか「野蛮人」だとか言われて徹底的にマスコミにたたかれるでしょうね。
あの時代に生きて、炎の中に消えた風雲児だったから今のドラマがあるんでしょうね~

投稿: はな | 2008年10月16日 (木) 09時29分

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