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2008年9月 6日 (土)

三笠市桂沢

 奔別のさらに奥に行くと

Katurazawa 国設桂沢スキー場

 「桂沢スキー場」。昔はバスは通ってなくここまで歩いてきました。幾春別川を渡る橋もきれいに整備され、昔の面影はありません。

 さらに奥に行くと

Katurazawa2 旧桂橋

 旧どころではない。「旧旧桂橋」になるのでしょうか。この橋の奥にも橋が見えます。桂沢ダムに行くとき渡りました。

Katurazawa3_2 桂沢ダム

 そしてその「桂沢ダム」。ここだけあまり変わってない。(笑)

Katurazawa4

 今では昔はなかった芦別にいく道路も、そして夕張に続く道路もきれいに整備され爽快に走れます。

  

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北海道三笠市奔別・幾春別」カテゴリの記事

コメント

※桂沢で、想いだすのは、営林署の森林鉄道が盛んに走ってました、私が小学生の頃に川泳ぎに森林鉄道の線路上を歩いて(鍋と芋)を持って流木で煮て昼を満たし、朝から晩まで川で遊んでました。トンネルや橋で豆汽車と出逢いそうになり良く逃げ走りました。幾春別大火で国民学校が焼けて天気の良い日は林間学校として桂沢の林の中で勉強の真似事しました。昭和22年頃の話しです。坂下町(月見坂の下)に仮校舎が出来少し安心しました。ダムが出来てからは、営林署のアルバイトでダムサイトで造材や植林の仕事を「飯場で寝起きして過ごしました。昭和34年頃の話です。

投稿: ししちゃん | 2010年3月 3日 (水) 11時18分

幾春別から奥に線路があったのですか?
私はダムでできる前のことは知りませんので、
地形もどんなものだったのかちょっと想像がつきません。
でも西桂沢あたりでは川の水の量も多く、
とうとうと流れていたような気がします。
2年前に行った時、浄水処理場?ができていて
道路も変わっていたのでびっくりしました。

投稿: はな | 2010年3月 3日 (水) 15時21分

「路線データ(廃止時)」
※桂沢御料林 14.6km
※奥幾春別森林軌道 3.1km
※桂沢ダム建設時の森林軌道 約25km
「歴史」
木材の運送には幾春別川などを用いて流送をしていたが、安全で集約的な搬出を行うため簡易軌道を敷設したのがはじまり。
※1935年 桂沢御料林が森林鉄道の工事に着手
※1938年 14.6km竣工
※不明年 奥幾春別森林軌道3.1km竣工、伐採植林事業開始
※1955年 木材搬出用自動車代替道路41kmが完成し、桂沢ダム完成(1956年)目前に廃止。
※ 鉄道?山から材木を切り出し運搬手段
としての鉄道で遊園地の汽車の少し大きい程度、桂沢ダムの工事着工が昭和22年/竣工が昭和32年/ですから・・・計算が??「路線一覧」「石炭を焚いて煙を吐いて格好良かったチビの機関車」
幾春別駅周辺 - 桂沢地区(幾春別川本流・盤の沢・菊面沢・上一の沢)
幾春別駅周辺 - 奥幾春別
盤の沢には事業所があり、支線の集離合点となっていた。
終点の幾春別には貯木場が存在し、幌内線幾春別駅から発する貨物列車の貨車に積み替えが行われていた。
路線の一部は三笠市立博物館野外博物館において、桂沢サイクリングロードとして活用されている。少し調べて分かった事を書いてみました。「はな」さんに感謝してます。老人の昔話へ・・・・。

投稿: ししちゃん | 2010年3月 5日 (金) 16時26分

※「こんな感じの、正しくこの様な汽車でした」
http://www.geocities.jp/calsonic_impul_gtr_2008/maruseppuamemiya21-2008-6-22.htm
※覗いて見てください。

投稿: ししちゃん | 2010年3月 5日 (金) 16時33分

私は奔別、幾春別は炭鉱町。
それ以外はあのあたりに発展するようなものはないと思っていました。
奔別同様、桂沢方面まで賑わっていたのですね。
今は寂しいことですが、全く面影がないですね。

投稿: はな | 2010年3月 6日 (土) 19時48分

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